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羽生結弦くんの応援ブログです。ここで記載されている内容はあくまでも私の個人的な意見であり、正当性を評価したものではありません。どのように受け取るかはそれぞれがご判断ください。

【GPF】ファイナル振り返り ~EX 「Story」が伝えるもの~

yuzu-romio

ゆづが福岡にファイナルで戻ってきたら、きっとエキシは「Story」だと思っていた。
だから、聞いた時、全く違和感はなかった。
J-POPのプログラムを好きじゃない人たちもいるみたいだけど、私は好き。
プログラムの好き嫌いは音楽の好き嫌いにもつながっているのかな、と最近、ちょっと感じる。

私が、J-POPが好きな理由。
自分には分かる。
私はずっと活字が大好きだった。
本も、漫画もものすごく読むし、音楽はメロディよりも歌詞で入ることが多い。
そして、時に自分の拙い言葉で伝えられないことを伝えてくれるのが歌だったりするとも感じることがあるから、J-POPが好きなのだ。
音楽とともに伝わる「言葉」がある。
だから、ゆづが日本語の曲で思いを伝えたかった、という気持ちはよく分かる。

ゆづが選んだそのEXの曲に対して、反発の意見があることに、私はびっくりした。
その理由にも驚いた。
残念すぎる言葉をここに書く必要もないと思うので、あえてかかないけれど、
なぜ、人の気持をちょっとでも慮ろう、そういう気持ちがないのだろう、と残念になった。
その行為が自分たちが守りたいものを破壊する行為だと、なぜ分からないのだろう。
負のオーラから吐出される言葉が、何かを生むなんて、思っているのだとしたら、それはかわいそうなことなのかもしれないけど。
世の中に公開された楽曲は誰のものでもない。
私はそう思う。

そして、音楽には不思議なチカラがある。
自分が置かれている環境によって、こころに響く音楽は違う。
きっと、ゆづにとって、この曲は震災で傷ついた心に響く曲だったんじゃないかな?
だから、福岡で滑りたかったんだと思う。
まだ、苦しい思いをしている人々にも、自分が救われたときのように、
「ひとりじゃないから」という思いを伝えたかったのかもしれないね。

FaOIでみた時よりも、ダイナミックになっていた滑り。
競技で見る姿とは違う、感情を放出させる滑り。
胸が熱くなった。
今日は競技じゃない。
エレメンツの出来よりも、ただ心を動かされていいはず。

生きていて、一人じゃないってことがどれほど、人を楽にしてくれるか、
ゆづはわかっているのかもしれない。
辛いこと、苦しいことは一緒に分かち合ってくれる人がいれば軽くなるし、
楽しいこと、嬉しい事はもっと、大きなことに感じられる。
リンクに立つゆづをたくさんの思いが後押しをしてる。
それはきっと、ゆづの演技からいろんな力をもらったから。
踏みとどまる力だったり、立ち向かう勇気だったり、温かい思いだったり。
それに応える方法はなんだろう、と考えるとき、答えはひとつしかない。
応援し続けよう、というその一つ。
そんな思いでゆづの挑戦を見守っている。

Storyで伝えたかったことがじわじわと伝わってきて、私はまた泣きそうになるわけで。
跳ぼうとして、跳べなかったクワド、定番の3A。
ひとつひとつのエレメントが滑らかな流れにつながったプログラム。

ここまで来るまでの凸凹した道のりのこと。
これから向かっていく大きな大きな目標のこと。
今の彼を取り巻く環境のこと。

彼の演技にそれが重なっていく。

苦しいことがたくさんあって、いつか、滑るのが嫌になる日も来るかもしれない。
いつか、必ず、体力の限界がやってきて、選手として引退することもわかっている。

だけど、この姿を1秒でも長く見ていたい。
そんな気持ちで最後はいっぱいだった。

フィナーレはななみ先生の振り付けだったらしい。
大きなバレエジャンプ、ジャンプはお約束のクワド。
エンディングポーズはチゴイネ再現。
なんて、福眼な演出。まさに、正統派。
本当に楽しそうだった。

こちらが幸せになるくらい。

フィナーレでみんながはけた後、テレビでも流れた4T-3A-3Aのコンビネーションジャンプを見せてくれた。
私のいた席からだと、トゥで飛び上がる瞬間が見えない確度で、4Sに挑戦したように見えて。
そうだと、思いたかったんだよね、たぶん、私。
(間違ったツイートしちゃってごめんなさい。)
今シーズンのゆづはエキシでのリベンジを繰り返していたから。
そうじゃなかったけど、そのジャンプは、彼の「ありがとう」だと私は感じてた。

ここに連れてきてくれたらすべてのものに。
この結果を導いてくれたすべてのものに。
言葉で表現しきれない思いを彼にできることで答えてくれたんじゃないかな?
もちろん、思い込みだけどね。



そして、いろんな複雑な思いの中に、今は巻き込まれているだろうことが残念。
でもね、一つだけはっきりしていることがある。

どれほど汚い言葉で彼を貶めようとしたとしても、
ありもしない事実を並べ立て、厳しい言葉を並べ立てたとしても、
仮にそれで同調してくれる人が増えたり、ゆづを批判する人が増えても。

彼があの軽くて綺麗なジャンプを跳べなくなるわけじゃない。
軸のぶれないスピードのあるスピンができなくなるわけじゃない。
小さな頃から積み重ねた努力の結果に得たものを失うわけじゃない。
そして私のようなコアなファンの気持が変わることは期待できない。

そう、そんな風に深く応援している人がお互いにいる。
もう、数の問題なんかでもない。

だから、もう、静かに見守ろうよ。
あと1週間もしたら、少なくとも誰がソチのチケットを手に入れるかはっきりしている。
そのために選手は1分1秒、できる最大限の努力を続けている。
その思いに応えようよ。

私もそんな思いで全日本を見に行きます。
願わくばすべての選手が自分の納得の行く演技が出来ますように。

そして、ゆづがソチの切符を自分の手に聖夜を迎えられますように。