【GPS】足らないピースを埋める方法 ~フリー雑感~
【■表彰式の写真-腕には自信がありません】
もう、すでにたくさんのメディアが結果を伝えているし、映像も流れただろうから、
それについて書く必要はないと思う。
私が感じたことをとつとつと書こうと思う。
あくまで個人的な感想。(異論反論受け付けませんw。)
フリー当日、公式練習からゆづの様子を見にリンクへ向かう。
ウォームアップして、曲かけ練習。
曲かけ練習と言っても、ジャンプの確認がメイン。
この日、様子を見ていて調子が悪いとはまったく感じなかった。
確かになかなかルッツはなかなか入らなかったり、フリップも曲掛けの中では上手く決まらない。
でも、練習のなかで徐々にタイミングを合わせてきたのか、最後は上手くまとめて、早々と練習を切りあげ、時間を残しつつリンクを去っていた。
ショートの結果を受けてのオーサーの指示だったのだろうか?
男子フリーが始まって、途中までは点数実況をTwitterでしていたのだけれど、ゆづの6分間練習くらいから、私自身も落ち着かなくなり、途中で実況放棄。
もう祈りまくった。
本人もインタビューで言っていたとおり、練習を見る限りジャンプも決まっていて、不安げな感じには見えなかった。
ただ、この日は最初から自爆大会の様相を呈していて、ほとんどの選手のジャンプでの転倒や、パンク、コンボ抜けなどが相続いいていた。
この日の男子の時のリンクにはまるで何か大きな力が働いているようにすら見えた。
そんな中でのゆづのフリー。
賛否両論の出た衣装。
ロミオっぽくないかもしれないけれど、氷上でみる衣装はキラキラして本当に綺麗だった。
ゆづが美しく見える、そういう衣装だと私は感じた。
世界でこうして本人もキラキラと煌くために、作られた衣装なんじゃないかな、という感じもした。
それでも、現実は残酷だった。
冒頭の4Sで転倒。
いつも綺麗に飛ぶ4Tはお手つきすれすれ。
そして、まだお散歩中の3A。
これではパトリック・チャンに勝てない。
ゆづを応援していたけれど、正直、そう感じていた。
祈りは届かなかった。
練習で何度も何度も決めていたジャンプ。
試合という場では苦しめられていた。
「なぜだか、分からない」と本人はインタビューで言っていたと聞いた。
「人を惑わすもの」、それが失敗の原因じゃないかな、ゆづ。
練習不足や、調子なんかじゃない。
それだけ、念入りに準備してきたはず。
体調管理にも気を使っていたはず。
だけど、結果はついてこなかった。
一番、欲しかったものは手に入らなかった。
なぜ?何度も問いかけたと思う。
自分にどんな答えを出したのだろう?
もちろん私が言うことは憶測に過ぎない。
ゆづをゆづらしく見せなかったもの、それは焦りじゃないかな?
明らかに気持ちは、勝ちに急ぎすぎた。
グランプリファイナルへの切符を取ろうと、チャンに勝つことを意識し過ぎた。
もちろん、2つの1位をとって、グランプリファイナルへ行くことは望ましいこと。
ソチへの道のりを考えた時、少しは本人も安心できるかもしれない。
でも、グランプリファイナルに出ることは最終目標じゃない。
そして、今回のアサインでは2度も、パトリック・チャンと当たる。
勝ちたいと言った彼は、どこでチャンに勝つつもりだったのだろうか?
まさか、ホームのアドバンテージのあるカナダで勝つ気だったのだろうか?
いつも直球勝負はゆづのいいところかもしれないけど、それは時に自分を苦しめる。
「勝利という形のあるもの」は人を惑わせる。
ゆづはパトリック・チャンに負けたんじゃない。
自分に勝てなかったんじゃないかと思う。
たしかにパトリック・チャンはすごいスケータだと思う。
滑りの美しさは間近で見るとより強く感じる。
だけど、ゆづには知ってほしい。
見る人の心を捉えるのは、それだけではないことを。
ゆづの細い体から描かれるジャンプ、そのものが美しいことを。
しなやかな身体から紡ぎだされる美しいスピンはゆづ独特のものだということを。
他にもたくさん、たくさん、ゆづにしかないものがたくさんある。
だからこそ、あのプルシェンコに言わせるのだ。
「彼はフィギュアスケートの未来だ」と。
エリック杯までの短い時間。
ゆづがすべきことはパトリック・チャンと比較することでも、
彼の持っているスケーティング技術を身につけることでもない。
そんなことはこの短期間には到底無理。
ゆづはゆづの持っているパズルのピースをきちんと形に仕上げるだけでいい。
そのために必要なものは自分を信じること。
空気に、周りに惑わされないこと。
そういうことじゃないかな?
もちろん、18歳のゆづにそれを完璧にこなすことは難しいと思う。
人生経験がそれを助けるということを私たち大人は知っているから。
でも、本当にソチでメダルがほしいなら、それが必要なんだよね。
オーサーの言うとおり、大人にならなきゃダメだ。
それは大人っぽい演技をすることじゃない。
「自分」をコントロールする、というとてもむずかしい技術の習得。
それが足らなかったピースの一つだと、私は感じてる。
そして、それはもう、ゆづの近くにあるのでは、と信じて疑わない。
最後に、運も実力のうちだよ。
最悪の結果でも、2位をキープして、ちゃんとファイナルに繋がるポイントを獲得した。
まだ、道は続いている。
そして、道を切り開くときは、最初が一番、苦しいもの。
あなたの涙は美しいけれど、とても、いじらしいけれど、もう、それはそろそろ卒業しなきゃ。
本当に欲しいものを手に入れるために。
大人の階段を昇る景色の向こうには、青く清々しい、ソチのリンクの表彰台が見えるはず。
まだ、戦いは始まったばかり。