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Stay Gold!

羽生結弦くんの応援ブログです。ここで記載されている内容はあくまでも私の個人的な意見であり、正当性を評価したものではありません。どのように受け取るかはそれぞれがご判断ください。

■パンドラの箱に残った希望 〜フィギュア世界選手権 in ヘルシンキ その2〜

男子SPの戦いは壮絶なものだった。
ショートで第一グループからクワドを跳ぶ選手がいる。

その中で、やはり後半2グループの戦いは息を飲む流れだった。

ネイサンがミスをして、ボーヤンはミスなしの100点目前。
6分間練習のためにリンクサイドに出てきた彼は何かを熱唱していた。
何かに駆り立てられるように。

第一滑走だった彼はタイムオーバーに加え、またもクワドサルコウのコンビネーションでつまづいた。
着氷が乱れ、すねをついていたのに無理やりダブルトウを跳んだけれど、コンビネーションとみなされず、強制GOE-3。
それ以外の要素で点をかき集めて、98点台。
ボーヤンに続いての2位でなんとか、フリーに希望は残せるかと思っていた。

彼が扉を開けた「真・四回転時代」は彼にとってもパンドラの箱だった。

最終グループではパトリック、しょーま、そしてハビがノーミスで滑りきり、100点Overでゆづの上にたった。
パトリックのショートの点は、ソチオリンピックのクワド1本でゆづが出した103点を超えたものだった。
結果、5位。

誰が彼のそんな順位を予想しただろう?
SPの上位に位置付けるのに100点を超えることが必要だなんて。
本人も落ち込んだとあとで言っていたけれど、見ていた私たちも呆然として、何が起こったのかよくわかってなかったと思う。

彼が去年と同じジャンプ構成で、プログラムをやりきれば、首位を維持できたのに、と思った人もいたと思う。
今シーズン、新しく4Loをプログラムに取り入れ、フリーで4本のクワドを跳ぶ。
パトリックはクワド1本で100点を超えたし、ハビは去年と同じ構成でSP首位を取った。
なのに、チャレンジする必要があったのか?と。

きっと、その答えは来シーズンにならないと分からないけれど。

オリンピックまでの2年をひとつのシーズンと考えて、彼が何をしたいのか、わかっていた。
自分がかつてそうであったように、若さという勢いでTESをガンガンあげて追い上げてくるボーヤンやネイサン、しょーまをかわすために「守る」という選択がなかったことを。
誰かのミス待ちのプログラムで彼が納得するわけがないと。

彼が構成をあげて、挑んだのはたぶん超えたいものがあったから。
このシーズン、羽生結弦が闘っていたのは、しょーまでも、ネイサンでも、ハビでもなく「史上最高」の自分のパフォーマンスだったんだとなんとなく思っていた。
自分を超えないことには、彼には平昌のメダルは見えて来なかったのだと思う

決まらないサルコウのコンビネーションジャンプ。
まとまらない自分のプログラム。
超えたい自分とのギャップ。
そして、様々なプレッシャー。

彼が開けたパンドラの箱はまさに彼に「絶望」を見せつけた。

この時、私は気づかなかった。
そこに大きな希望(Hope)が残っていたことに。
そう、彼自身がそのHopeだったことに。

 

 

 

 

 

■パンドラの箱に残った希望 〜フィギュア世界選手権 in ヘルシンキ その1〜

現地観戦から、日本に帰ってくると、自分が見てきたものが現実だったのか?という感覚にいつも襲われる。
今回の観戦は私にとって4回目で、きっと最後になる世界選手権はフィンランドヘルシンキでの開催だった。

始めてワールドを見に行ったのは、2014年ソチオリンピックの後のさいたまアリーナ。
熱狂的なソチでパフォーマンスのあと、町田樹との死闘を演じた試合。

例の「ゆづ、愛してる」事件のあったSPで転倒して、3位。
それまで、SPで7点差以上を逆転して優勝した人はいない、と聞いていたけれど、そのシーズンほとんど成功しなかったクワドサルコウを着氷して、彼は金メダルを手に入れた。
グランプリファイナル、ソチオリンピック、ワールド。
3つのタイトルの王者になった。

あれから丸3年。
平昌オリンピックの枠とりにつながるワールドを迎えた。
この3年の間にフィギュアの世界は大きく様変わりした。
300点を誰が超えるか、と話題になった頃が懐かしいくらいに。
この基準点は2015年にまさに羽生結弦が驚くほどの完成度の高い演技で破った。
彼がGPFでとった330点という数字はそれが限界かもしれないと思わせる凄みがあった。

そして、2016シーズン、羽生結弦が名付けた「真・四回転時代」の到来。

彼はさらに構成をあげて、4Loを含むクワド4本をプログラムで滑ることを決断した。
自ら「難しい挑戦」と位置づけたその選択は彼を追いかけてくる若いスケータが選ばせたのだと私は思っている。

ボーヤンに目の前であの高さのあるクワドルッツを跳ばれた時、
ネイサンがクワドルッツとクワドフリップをフリーで跳んだと聞いた時、
しょーまが難なくクワドフリップを跳んだのを見た時、
平昌の表彰台を目指す基準がショートでクワド2本、フリーで4本以上になることが青写真のように見えた気がした。
2016年の戦いを通じて、そこに、ノーミスで、という条件が加わったように思う。
その前哨戦となるヘルシンキワールド。

昨年のワールドのタイトルはハビに10点以上も逆転され逃し、
インフルエンザで欠場した全日本でしょーまに全日本王者を明け渡し、
四大陸選手権で怒涛のリカバリ構成で追いつこうとしたネイサンにクワド5本と跳ばれて越された彼にとってはどうしても、どうしても、取りたいタイトルだったに違いないと思っていた。

でも、神様が用意していたシナリオのスタートは絶望的なものだった。
本人も、ファンも想定してない幕開けだった。

■ヘルシンキ世界選手権へのカウントダウン 〜 枠とりは誰のものか その2〜

ソチオリンピックが終わった時、彼は確か、言っていた。
オリンピックで2度金メダルを取った人がいないこと、そして、未来のフィギュアがどうなっているか分からないと。
奇しくもパトリックチャンがインタビューで言っていたように(■パトリックインタビュー記事)、ボーヤン、ネイサンという新しいスケーターの出現が「真」四回転時代の幕をセンセーショナルに切り開いた。

彼らはフィギュアスケートの限界がもっともっと高いところにあると、見せつけた。

4回転を何本も跳んで、スピンやステップなどのエレメンツもレベルを取り、全体をまとめ上げないと表彰台はみえてこない。
それが平昌オリンピックなのだ。
そこにたどり着くための枠。

そう、枠が欲しい。
本来はそれが一番大事な大会のはずななのに。

メディアではしょーまが力をつけて来てから、ゆづをいつ超えるかを煽るような表現が増えた。
どっちが勝つか、みたいな論調も多くなって来た。
もちろんゆづに勝って欲しいけれど、それよりも3枠を取ってくれることの方が私には嬉しい。
来年の可能性が広がるから。

あの時と同じような報道に嫌気がさしたりもする。
でも、それすらも仕事なんでしょ、ともう、達観できるほど、長くフィギュアの世界に使っている気がする。
そう、そんなことで目くじら立ててたら、心が疲弊すると学習したようです。

結局のところ、スポーツは残酷にも結果だけが、すべてだ。
メダルを取ったのか、取らなかったのか。
何色のメダルだったのか。
どんな戦いのドラマを見せてくれたのか?

メディアが煽ったり、シナリオを書いたりしてもそれ通りにはならない。
私は何度もその瞬間を見て来た。
圧倒的な魅力の前にはそんなシナリオは意味をなさない。
本物に惹きつけられたら、まがい物なんてどうでもよくなるから。

そして枠とりは誰のものでもなく、その約束の場所を目指す本人たちのためのもの。
一つでも多く枠を確保することは、未来の自分の可能性を広げること。

だって、来年の勢力図なんて、まだ見えないんだもの。
来年の日本選手権で、ゆづが勝つのか、しょーまが勝つのか、それともその二人を凌駕する選手が出てくるのか。
何が起こってもおかしくない、と思えるくらいにこの数年のフィギュアスケートの進化は劇的で。
その時に枠が多いことに、自分が成し遂げた過去の結果に感謝するのかもしれない。

見えない未来の可能性を最大限に広げるための枠とり。
その場所で全員が今シーズン一番のパフォーマンスができることを切に祈ります。
心ふるえるような演技を目の前で見れることを楽しみにしながら。

あとは、自分が、無事に準備を終えて、旅立てることを祈りますw。

■ヘルシンキ世界選手権へのカウントダウン 〜 枠とりは誰のものか その1〜

例によって、まだ準備は進んでいない。
やっと、20日に持っていくものリストを何とか作成したくらい。
でも、最後はパスポートとチケットとお金があれば何とかなると信じている(笑)。
今までの遠征もそうだったように。

なんと、もう、来週の今頃には世界選手権は始まっている。
まだ、まだ、なんて思っていたのに、あっという間。

きっと、私にとって、最後の世界選手権の海外遠征。
羽生結弦が引退したら、日本で開催される大会を見にいくことはあっても、もう、海外遠征には行かない、と決めている。
(引退しないとなったら、、、はこれから考える)

埼玉、上海、ボストン、そしてヘルシンキ
計4回、ワールドを現地観戦することに。
2012年に初めて彼を見つけた時の私にそんなことを言ったら、笑われるに違いない。

ヘルシンキはオリンピックの枠がかかる重要な大会。

前回はカナダだった。
何日か前にも記事が出てたけれど、あの大会も忘れられない大会のひとつ。
仕事でリアルタイムで見れなかった。
結果をみて、愕然としていて、どんな風に過ごしたのかもう、覚えていない。
その年の活躍からSP9位を予想すらできなかった。

インフルだったり、捻挫だったり、満身創痍でその大会に望んだ彼はどんな気持ちだったのだろう?

2012年の日本選手権で初優勝。
真冬の真駒内は外よりも会場の中の方が冷え冷えとしていた。
今でも、あの異様な光景は忘れない。
可能な限り現地応援すると誓ったのもあの場所に立ち会ったから。
映像ですら、気持ち悪くて、今も見れない。

そんな場所で、勝ち取って、得た出場権。
3枠を取ることを期待されて、戦いの場に挑んだ彼。
18歳の彼は自分のコンディションの悪さも含めて、どんな気持ちでその戦いの場に立ったのだろう。

象徴的だった、あの涙の裏にどんな苦しい多いがあったのだろう。

最終的にフリーで彼が力を出し切って、何とか、4位に踏みとどまったその姿にただ、ただ、泣かされた。
全日本の勝者として、その役割を何とか果たし切ったその精神力に感服した。
犠牲にしたものも、たくさん、あったかもしれないけど。

3枠。
その枠の一つが、彼をオリンピックに連れて行き、メダルへ繋げたのだ。
自分で、確保して、自分で使った、その枠。

 

世界選手権や、オリンピックで、3枠をを持っていることはそのカテゴリでフィギュア強豪国であることの証。
一度、枠を減らすとなかなか戻すのも難しくなる。
上海で2枠に減った枠を、ボストンであっさりと、ゆづとしょーまが取り返して3枠に戻した。
彼らが実力を出せば大丈夫だと思ってはいたけれど、オリンピックシーズンに3人で戦えるのは心強い。

そう、ヘルシンキでは3人でオリンピックの枠を取りに行かなければならない。
自分たちのオリンピック出場のために。

■平昌の表彰台は新時代という扉の向こうにある 〜四大陸選手権FS男子 雑感 2〜

静かなフィニッシュのあと、TESカウンターをみた。
100点を軽く超えていた。
クワドサルコウをミスった時にはこの結果を想定していなかった。
失敗がありながら、彼はTESで100点以上を稼ぐ偉業を私たちに見せていた。

私自身、多分、ものすごく興奮していた。

羽生結弦の闘志むき出しのこんな演技はあのニースロミオ以来かもしれないと思った。
その存在を知り、抜け出せない沼へと私を引きずり込んだ作品。
若さと、不安定さと、そして爆発的な意志がそこにあった。
何もないところで転んだあとの3A-3Tと、あの雄叫びに心を鷲掴みにされた。

あれから約5年。
まだ5年。
またもその強いその姿に魂を持って行かれた、そんな気分になっていた。
もう、冷静ではいられなかった。

気づくと、目に涙が浮かんでいた。
なんの涙だったのか、自分でもよくわからない。
そこに立つ姿があまりに眩しすぎたせいかもしれない。

最終滑走者のネイサンがどんな演技をして、羽生結弦に勝とうが、負けようが、どうでもよかった。
このパフォーマンスが見られたことが幸せだったから。

彼がこのパフォーマンスを見せてくれたのが、しょーまやネイサンという追いかけてくる、そして、追い越しそうな存在だったのだとしたら、
もう、彼らの存在に感謝しかなかった。
こういう彼が見たかった、と気づいたから。
クールで冷静な羽生結弦も悪くはないけれど、ちょっと何かもの足りない、そんな感じがしていた。

何かを猛然と追いかけるその姿が彼らしさを醸し出させるものだったのかもしれない。

しばらく彼は独走状態。
多少、ミスしても勝てる。
彼の勝利を邪魔するものは怪我や病気や、世界最高の自分というプレッシャー。
こういう見えないものと戦い続けた彼の目の前に現れた「追いかけるべき存在」。

彼がそれを意識した時、パフォーマンスはこれほど熱くなるものなのか、という驚きがそこにはあった。

ネイサンが次々とクワドを決めている姿をみて、今日は負けた、と覚悟を決めた。
僅差で勝てるかもしれない。
でも、5本目のクワドが着氷したのを見て、ああ、今日はネイサンだ、と納得できた。
彼もまた、勝つために予定構成では4本だったクワドを5本にしてきたのだから。
「勝ちたい」という強い強い欲望は、近年、稀に見るまるで殴り合いのような真剣勝負だった。

誰も一歩も引かなかった。
自分の持っているものを最大限に発揮しようとして、挑んだ結果の順位だった。

四大陸の3つ目の銀メダルを獲得した彼はそれでも晴れ晴れした表情だった。
一番楽しかったとも言っていた。

フィギュアスケート男子は新時代に突入した。
当たり前のように種類の違うクワドを何本も跳んで、美しいスピンや正確なステップで点を積み重ねる。
ミスはメダルの色を変える。
クワドはもちろん、全てを持っていないと勝てない、そんな時代に。

2010年、バンクーバオリンピックでは1本をクワドを跳ばなくても勝てた。
そういうルールだった。
2018年、平昌オリンピックでは、複数種類のクワドを最低でも6本(SP/FS)を跳ばなければ、表彰台には上がれないだろう。
ネイサン、ゆづ、しょーまは自らのパフォーマンスでその未来を垣間見せた。
この時間は羽生結弦がシニアで駆け抜けてきた時間とほぼ一緒だ。

恐ろしいスピードで競技の形が進化している。
その先頭を走り、常に未来を切り開いてきた男と、その彼を追い越そうと新しい武器で挑む彼ら。
怖くもあり、そして、楽しみでもあるそんな未来。

平昌オリンピックへと続く扉を開けた3人が表彰台の上に立っていた。
彼らは間違いなく来年のメダル候補。
このレベルについてくるか、追い越すモノを持っている人だけがそのレースに加われる。
今のところ、彼ら以外に可能性があるのはハビエルだろう。

ヘルシンキでこの扉を開けた3人がどんな戦いを見せてくれるのかを考えるとワクワクしかない。
ライバルとの距離感が縮まって、今までとは違う緊張感で試合を見ることになるだろうけれど。

つづく。

■平昌の表彰台は新時代という扉の向こうにある 〜四大陸選手権FS男子 雑感 1〜

今日は絶対に勝ちたかった。
私自身も気合を入れて試合を見ると決めた。
いつも現地に行くときには必ずするゴールドのネイルを施して、画面の前に座った。
最初から、しょーま、ゆづ、ネイサンの戦いだということはもう覚悟していた。

しょーまが4Loに挑戦したことは今回、勝てなくてもそれは彼の未来への財産になったと思う。
しょーまがシニアに上がる年に私は母と話していたことを思い出した。
「これで3Aとクワドが跳さえしたら、しょーまは平昌のメダル候補なのに」と。
まさかその年、完全にそれを手に入れて、一気にシニアの階段を駆け上がるなんて想像ができなかった。
でも、日本男子はこれでしばらく大丈夫、とそう思った。
上海ワールドで失った1枠を、ゆづとしょーまで3枠に戻してきた。
オリンピックの枠とりをこの二人でできるということはとても心強い。
二人が頂点を争うようになることはもう想像できていた。
だけど、この日はしょーまの日ではなかったね。
まさかの3Aでの転倒。
コンボ券を残してのフィニッシュ。
仕上げはワールドに持ち越された。

そのあとに出てきたゆづ。
HOPE & LEGACYは私はまだその全貌が見えないプログラムだなと思っていた。
去年のSEIMEIほど、はっきりとその姿が見えない、わかりにくいプロだと。
しかも今年はフリーに4本のクワドを予定してて、まだ達成できていない。
もちろん怪我でスタートが遅かったこと、今年はワールドをピークにと考えれば出来上がってないのは、
仕方がないのだけれど。

ショートでしょーまとネイサンに遅れをとって3位。
どれほど悔しい気持ちでそのフリーを迎えたのだろう。
それは私にも想像はつかない。
スタート位置にたった彼からは迸る闘志が見える気がした。
今日は、勝つ、という強い気持ちのオーラがそこにはあった。

音楽がスタートして、冒頭の4Loを綺麗に決めて、ちょっと軸のずれた4Sをまとめて、3Fをいつもおり、助走なく決めた。
それでも本人も、そして見ている私たちもわかっていた。
勝負は後半冒頭の4S+3Tだと。

あれほど決まっていたそのジャンプがこの大会ではバランスが悪い。
その助走に入ったのをみて、スピードが足らないな、と思っていたら案の定、パンク。
ショートと同じミス。
ああ、今日も、彼の日じゃなかったか、と頭をよぎった。
そのあとのハーフループを見て、頭をひねる。
え?まさか、飛ぼうとした、4S?と思ったから。

もともとスピードなく入ったジャンプだったから結局そのあとには繋げず、予定の4本目のクワドトウが決まる。
あとは無難にアクセルを決めてくれたら、なんて考えていた自分をあとで恥じる。
その瞬間も彼は1点でも点を稼ぐためのリカバリーを必死で計算していたのだから。

最初の3A-2Tを3A-3Tに切り替えることは想定の範囲内
彼にとってはそれは難しいジャンプじゃない。
だけど、そのあとのジャンプの軌道を見て、私は息を飲んだ。
これはアクセルじゃない。
クワドトウを跳ぶ気だと、と言葉にした時にはすでに綺麗なスリーターンから彼は高く跳び上がっいた。
おまけの2Tをつけて。

久々にゆづの試合をみて、血が逆流するような、ゾクゾクっとした感覚に襲われる。
私にはその時、最後のジャンプが想像ついていたから。
彼は何よりも得意にしているトリプルアクセルを跳ぶに違いないと。

動悸が激しくなり、息が止まりそうな気分だった。

その瞬間がやってきた時、彼はフリープログラムの最後に跳んだとは思えないクオリティで3Aを美しく着氷した。

づづく。

■真4回転時代の四大陸選手権 男子SP  〜なにはともあれ I trust you〜

その映像を見ながら少し放心状態でした。
とうとう、その時が来たことを自分の中で受け止めるしかなかったから。

彼の成長スピードよりも、はるかに進化の早い若い選手が猛然と彼を追いかけている。そして、時には追い越す位置までやって来ました。

ソチオリンピックで彼が金メダルを取って、もう一つのメダルを平昌で欲しいと言った時、この4年は見ている側にも覚悟を強いる4年になるだろうと想像していました。
彼がオリンピックに向けた2年間、恐ろしいスピードでパトリックや高橋大輔を追いかけたように、今、ネイサンとしょーまが彼の後ろ姿をものすごい勢いで脅かしていますよね。

今シーズンが始まった時、ネイサンは来るな、と感じてました。
シーズン後半にクワドが決まり出したら、手がつけられない、と思ていました。
しょーまが一歩一歩、近づいて来ていることは現地でその演技をみて分かっていたのだと思います。

それでも、平昌入りした調子の良さそうなゆづを見てどこか安心していた自分もいました。
きっと、彼はやってくれると。
実際に映像を見てもとても軽くて、シャープなジャンプを跳んでいたから。
痩せたよとか、どっか具合悪いんじゃないとか、昨日の試合の後、言っている人もいたけれど、そういうことじゃないんじゃないのかな?
(いや、基本、彼はそういうことを試合前に言う選手ではないけれど、でもねぇ)

羽生結弦はクワドサルコウでミスをしてショートでネイサンとしょーまに負けました。
そう、ただそれだけです。
でも、内容は絶望的なものではなかったですよね。

ゆづ: 4Lo、2S-3T、3A 97.04
しょーま: 4F、4T-3T 3A 100.28
ネイサン: 4Lz-3T、4F、3A 103.12

それぞれの跳んだジャンプと点数を見ると、ミスをしなければまだゆづが戦えることを示しています。
そして、スピンもステップもレベルを取りきれていないですし。
それでもより難しいジャンプを跳んだ二人の差はわずかなんです。

オーサーもゆづも何度も言っているようにジャンプは跳ぶだけじゃダメで、質の高いものを跳ぶ必要があるんです。
ジャンプ以外のエレメンツもレベルを取って、質の高いものを実行しなければなりません。
今回の羽生結弦プロトコルはそれを物語っているのです。


■男子SPプロトコル

決まったエレメンツのGOEの高いこと、高いこと。
クワドループにあんなに加点がつく日が来るなんて、と胸熱です。
そのほかのエレメンツも非常に高いGOEが積み上がった上に、PCSではトップ。
これがクリケットの、オーサーとゆづの戦略。
ゆづは今日という日を多分、想定していて。
だから今期はクワドループを跳ぶことにこだわっていたのでしょう。
そして、フリーには4本のクワド。
きっと、これが平昌で金メダルを取るための最低ラインだと彼は考えていると思います。
(あくまで、最低ライン、なんだけどね)

まだ、想いは達成できていないけれど。
ノーミスのショートプログラムは今シーズンはないのです。
でも、パリ散だって、バラ1だって、素晴らしいパフォーマンスを見せたのは2シーズン目。
それが今の羽生結弦の勝ちパターン。
いいんだよ。ここで仕上がらなくても。
同じリンクで1年後に恐ろしくクレイジーなその演技を見せてくれたら。

でも、昨日はそう思えなくて。
負けがショックすぎて。
そして、その負けに対するフジテレビの扱いがあまりにも想像通りすぎて。
ナビゲータの言葉があまりにも彼の努力を無駄していて。
そんな怒りはぶつけるもんじゃない、と思いながら、酒をかっくらって寝てしまいました。
はい、ふて寝ですw。

目が覚めて、落ち着いて、昨日の出来事を反芻し、ああ、これでいいんだと落ち着きました。
戦うべき場所はまだ、ここじゃない、と思えて。
今、120%で勝っていたら、来年はもう伸びしろがなくなってしまう。

羽生結弦が進化し続けるアスリートであることを証明し続けけ来た日々を私は見続けてきました。
これからもきっと進化する、これは間違いないでしょう。
でも、若者はもっと早いスピードで進化する、それが、スポーツの世界の残酷なところ。
身近にいる天才をお手本に、後からついて来る世代はさらに進化するのです。
それは避けることのできない事実。

私は数年前、自分とした約束を思い出しました。
下から追って来る選手にゆづが追い越される時が来たとしても、その選手を誹謗中傷したり、現地でいい演技に拍手もしないようなファンにはなりたくないと。
その強さを認めた上で、お互いにいい演技をしてほしいと思える人でいたいと。
その上で、誰よりも羽生結弦を応援できる人でありたいと。
その自分との約束は守れているだろうか、と昨日の自分を振り返りました。

素晴らしかったネイサン、しょーまを叩く言葉なんて、出てこなかった自分にホッとしています。
(それでもフジテレビは別。意図的な番組制作に辟易している、もう、放映、権手放してほしい。。。)

羽生結弦は明日はもちろん勝つつもりで試合に望むと思います。
今シーズン完成していないクワド4本が決まるのかどうか、私には分からなけれど。
今、できることは祈ること。
彼の思いが成就するようにと。

もうね、何年もこんなことばっかりしか言ってないのよ、私。
見守るか、祈るかしかできないのがファンの宿命。
現地のみなさんも、そして、TV前アリーナのみなさんも、表彰台の一番高いところで、満面の笑みを浮かべている彼をイメトレしながら、その時間を待ちましょう。

満足のいくパフォーマンスができますように。
そして、それが、平昌オリンピックに繋がりますように。

大事なのは今年はヘルシンキで3枠を取ることなんです。
だから、しょーまが強くなってくれることは日本にとってはとっても頼もしいこと。
ゆづとしょーまでネイサンと戦う。
そう思えば、心強いよね。

それでも私は信じている。
君の活躍を。

I trust you!




(酔っ払って、勢いに任せて書かなくてよかったw)

 

■ネイサン・チェンのもたらしたもの 〜FSクワド5本の全米王者〜

本当は、ちょっとばかり、オンタイムで見ちゃおうかという誘惑にもかられました。
でも、すでに祐希くんの試合中に何度も寝落ちした私にその体力は残っておらず、泣く泣く諦めました。
朝、目が覚めて最初にしたことは、その結果を探すこと。

予想通りというか、やっぱりというか、ネイサンはフリープログラムで5本のクワドを決めて全米チャンピオンになっていました。
フリープログラムで跳べるジャンプは男子は8本。
そのうち5本がクワドになる時代がこんなに早くやって来たのか、と自分で見ているその結果が夢のように感じていました。

クワドが評価されない時代にクワドを跳び続けた選手がいて、
複数クワドという世界の扉を開けた選手たちがいて、
ショートにクワド2本という挑戦に成功した選手たちがいて、
そしてフリーではクワド5本という前人未到の世界に到達したネイサン。

今シーズンのはじめごろから私は言っていたと思う。
平昌オリンピック羽生結弦の存在を脅かすのはこのネイサンだと。

 

↓こんなこと言ってた。

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昨年、ブレイクした中国のボーヤンももちろんライバルになると思ったけれど、ネイサンは多種クワドに加えて、演技構成点でも点が取れる選手。
なかなか全てのクワドを綺麗に決めきることができなくて、メディアからもジャンプに注力しすぎだと揶揄されていたのも今シーズンの始まる頃だったと思う。
そんな記事を読みながら、私はなんとなく予感していた。
今シーズンの終わり頃にはきっと、ネイサンは綺麗に跳べるようになると。
ジャンプが跳べるようになれば、次のシーズンはオリンピックに向けてそれ以外の部分に磨きをかけてくるに違いないと。
きっと、そういう戦略でオリンピックのメダルを狙ってくるのだろうと。

だからこの全米の結果を見て、ああ、やっぱり、やって来たか、と。
もう、この流れはオリンピックまで止まらないのだと思う。

 

平昌で表彰台を狙う男子選手の最低ラインは、ショートでクワド2本、フリーでクワド45本、3A2本で構成されるプログラムになるだろう。
それよりも構成の弱い選手は一つのミスも許されない完璧な滑りを目指すことを迫られる。
そんなオリンピックが 2018年にはやってくるのだ。

ネイサンが成し遂げたことは、来年のオリンピック表彰台の青写真をぼんやり見せることだったのかもしれない。

Twitterでも呟いたけれども、クワドなしで金メダルを獲得したアメリカが、誰よりもたくさんクワドを跳ぶ選手を輩出し、それで金メダルを狙うというこの構図がフィギュアスケートの歴史を大きく変えることを意味しているような気がしている。

 

今頃、羽生結弦も、やっぱり、と思ってるだろう。
自分の選択に誤りがなかったことにほっと胸を撫で下ろしているかもしれない。
ソチオリンピック後、毎年、構成を上げ続けた。
世界最高得点を330点まで押し上げてもなお、新しいクワドに挑戦し、プログラムに組み込んだ。
もちろん、怪我の影響でループやサルコウジャンプの方が影響が少なかったという背景もあったのかもしれない。

彼は最低3種類のクワドは勝つために必要だと知っていたはず。
できればクワドルッツも、クワドフリップも跳びたいのかもしれない。
(個人的にはお散歩ルッツと、苦手っぽいフリップは難しい気もしなくもないけど)
もしかしたら、禁断の4Aにもトライしてくるのかもしれない。

それは全て平昌オリンピックで表彰台の一番高いところに立つため。
一番キラキラ輝くメダルを手に入れるため。
強力なライバルたちを蹴散らして、自分がそこに立つため。

大きな勝負に勝つ選手はただ技術的にすごいだけではなく、未来を予測する能力に優れている選手なのかもしれない。
ネイサンと羽生結弦の直接対決は、まず四大陸選手権。そして、ヘルシンキワールド。

どっちが、どっちにたってもおかしくないし、ハビエルにも、パトリックにも、しょーまにもそのチャンスはある。
痺れる戦いはオリンピックまで続いていく。

私にできる準備は心臓を強くしておくことかな。
今までとは比べものにならないくらいの感情のジェットコースターに乗せられてしまう予感。
羽生結弦のファンには覚悟が必要、、、だね。

そのネイサンの演技はこちら。


Nathan CHEN Free Skate US Nationals 2017 FIVE QUADS !!!

↓関連記事はこちら。

 

 

■「絶対王者」を守ることの難しさ その3

ヘルシンキワールドでは、ゆづにも昌磨にも最高の演技をして欲しいと思っている。
もちろん刑事くんもそれに続いてくれたらと願っている。
オリンピックのために3枠を取って帰ってくる、これが彼がに課せられたミッションの一つだから。
個人の結果だけではなく、日本が次の平昌でメダルを取るために必要な大事なこと。

その上で、羽生結弦が自分の納得できる演技ができたら、彼は表彰台の一番上に立つだろう。
シーズンに出遅れたことも、チャレンジングすぎる構成も彼はまた今まで同じように乗り越えてその場所を目指すのだろう。

絶対王者」と呼ばれつつ彼は一度もそれを守ろうとしたことがなかった。
常に攻めることでその場所に立ち続けようとしている。

もちろん、この2シーズン、世界選手権のタイトルを取ったのはハビエル・フェルナンデスでだから、「絶対王者」なんておかしいと言う人もいるだろう。
彼がそう言われるのは、守りに入らなかったからだと私は思う。

新しいことにチャレンジし、フィギュアスケートの世界を進化させた。
追いかけてくる誰もが、多種クワドを跳んで彼に追いつこうとしている。
「守ろう」としないことで、彼はその場所に居続けることができている。

そんな羽生結弦がどこにたどり着くのか、それを知りたくてここまで追いかけてきた。
常に攻める姿勢に魅入られて私はここまできたのだから。
ロミオの雄叫びを生でみたあの時から、もう、長いことその姿に魅せられてきた。
できればその時間が終わってほしくない、とどこかで思いながらも、最後の瞬間まで何一つ見逃したくないと願っている。

もう、それ以外の雑音はどうでもいい。
誰がどんな記事を書こうが、ネット上で誹謗中傷されようが、マスコミが煽ろうが、彼の目指す姿は変わらない。
彼が私にとってとてつもない宝物のような存在であることも。

ラストチャプターに向かって、静かにその時間を過ごしていこうと思っている。
彼が求める栄冠を手にする瞬間を見るために。

本当の「絶対王者」になる瞬間を共有するために。

■「絶対王者」を守ることの難しさ その2

そういう意味では羽生結弦という人間は恐ろしいほどにブレない競技者だな、と思っている。
いつも想像の斜め前をいく、大胆で強気なその戦略。
そりゃ、無理でしょ、と思わせるようなことも、無理矢理にでも自分の方に引き寄せる得体の知れないパワーを持っているな、と感じることも多い。

彼がいつまで先頭を走り続けられるだろうか、と私も考える。
願わくば平昌のその舞台に立つまでその位置にいられたいいのに、とずっと願っている。

想像通り、昨年、後半ぐらいから昌磨がいつ、羽生結弦を超えるか、という煽りが加速していく。
まるで4年前のデジャブを見ているよう。
あの時はその騒動に乗って、大騒ぎしたファンの思いも積み上げられ、ちょっとな、と思えるようなネット上でのやり取りもたくさんあったと思う。
それを知っているからこそ、煽ってくれるな、ともちろんファンは思うけれど、それは無理だろう。


ただでさえ、平昌でメダルが取れそうな男子フィギュア。
羽生結弦が押し上げた人気コンテンツであるフィギュアをより面白おかしく見せようとマスコミは躍起になっているはず。
彼らが欲しいもの話題性であり、視聴率でなのだから。

だからせめて私は冷静でいたいと思う。
煽られた世界に真実はないのだから。
ひりひりする緊張感の中、二人の勝負はリンクの上でつく。
もしかしたら、平昌のリンクに立つまで勝ったり、負けたりのデットヒートを繰り広げるのかも知れない。
たとえ昌磨に負けることがあっても、彼はそれでは終わらないアスリートだ。
時には負けることも新しい彼の可能性を見出すひとつのヒントになるのかもしれない。
そんなシーンを見たら、私もきっと、悔しいと感じるかもしれない。
でも、それは彼が負けることが悔しいのではなく、彼が目指したものが実行できない悔しさでしかない。

だって、私は知っている。
彼は相手が不本意な演技をして勝ちたい選手ではないことを。
誰もが素晴らしい演技をして、さらにその上を行くことを目指して戦っているだということを。

去年のNHK杯ショートプログラムで、ボーヤンの点が出た時のあの不敵な笑み。
それそのものが彼を表しているのだろうから。

 

つづく