【オリンピック雑感】男子SP「パリの散歩道」-マジカルモメントがそこにあった
ゆづにとってオリンピックに向けた最大の武器はこの「パリの散歩道」というプログラムだったんだとオリンピックでの演技を見直す度にそう感じていた。
フィンランディア杯、スケートカナダでのミスを見て、このプログラムの持ち越しは失敗だったのかという論調の中、彼は見事にこのプログラムを自分の味方につけた。
エリック杯、GPF、全日本、ソチオリンピック団体戦、そして個人戦。
すべての試合でエレメンツをほぼミスなく滑りきれたこのプログラムが彼を金メダルに近づけた。
このショートプログラムは恐ろしく攻撃的な構成になっている。
何度も彼が簡単そうにノーミスで滑りきるから、私たちは忘れてしまいがちだけれど、 ジャンプは基礎点の上がる後半に2つも入っているし、しかもひとつは助走レスのトリプルアクセル。
コンビネーションジャンプは3-3で考えうる高得点のジャンプ。
しかもこのコンビネーションは一番最後に跳んでいる。
真央ちゃんのショートプログラムについて書いた時に触れたけれど、 ショートで最後にコンビネーションジャンプを跳ぶというのは、大きなリスクでしかない。
コンビネーションジャンプに失敗したら、もう要素を取り戻すチャンスがない。
ショートプログラムでの要素抜けがどれほど怖いかはオリンピックでのまっちーや真央ちゃんの演技を見て分かったひとも多かったと思う。
それを完璧にこなす。
そして、高得点に結びつける。
それが羽生結弦のショートプログラム「パリの散歩道」だった。
最初にこのプログラムを見た時、彼が滑りこなせる気がしなかった。
音楽が大人っぽすぎるのではないかと心配した。
2012年のスケートアメリカではそれが取り越し苦労だということをファンに驚くべき形で示していた。
2013年のシーズンインでフィンランディア杯で新しい衣装を見た時、 黒のシャツの方が引き締まって、かっこ良く見えるのでは?と少し感じていた。
ミスもあいまって、なんとなく弱々しく見える気がしていた。
そんな私の些細な心配も大会を重ねるごとに、払拭し、グランプリファイナルでは完璧なその演技で青空のような青い衣装がより、その姿を大きくみせることを教えてくれていた。
後で黒い衣装のプログラムを見ると、その違いが分かる。
ああ、これもひとつの戦略だったのか、と。
私はテレビの前にいながら、ソチのリンクサイドにいる気分で応援していた。
ひとつひとつジャンブが決まるごとに大騒ぎをし、その演技を食い入るように見ていた。
どのジャンプも本当に美しかった。
磨かれたステップはいままでのどの演技よりも迫ってくる、そんな感じがした。
オリンピックの舞台で、オーサーが望んだ「マジカルモメント」はこのショートの瞬間にやってきたのだろう。
得点が出ることは私には必然の結果に思えていたし、違和感がなかった。
それでも得点が出た瞬間のゆづの喜び方をみて、オリンピックで100点台を出すのは、もちろん日本選手権でそれを出すのとは違った気持ちがあるのだろうということも感じることが出来た。
彼のグランプリファイナルでの完成度を見ても、オリンピックは別物、と言い続けた人々の期待を裏切るかのような出来栄え。
「オリンピックの魔物」はいったいどこに行ってしまったのだろう、と見ている私たちも感じていた。
素直に出た点数を喜ぶというよりは、その驚きに興奮し、どうやって受け止めていいのか、よくわからない。
それがその日に演技を見た時の感想だった。
ただ、この演技は大きく大きくゆづをメダルに近づけたに違いないとそう思った。