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Stay Gold!

羽生結弦くんの応援ブログです。ここで記載されている内容はあくまでも私の個人的な意見であり、正当性を評価したものではありません。どのように受け取るかはそれぞれがご判断ください。

【雑感】スポーツ観戦にまで公平性は必要なの?

ここを掘り下げることが必要なのか、自分でも悩みます。
でも、ちょっと、私のスタンスを明確にしておきます。

何度でも言います。
私はライトなフィギュアファンで、ディープな羽生結弦ファンです。

ゆづ以外にも応援してる選手もいるし、全く興味もわかない選手もいます。
試合に行くときは、もちろん、ペアもダンスも見るけど、ルールもわかりません。
かっこいい~とか、なんでかわかんないけど、このプログラム好き!という軽いノリで見ています。
でも、拍手はするし、演技に感動すればスタオベもします。
その判断はもしかしたら、内容が分かる人と違うかもしれません。
それでもいいという楽しみかたをしています。

また、私はスポーツ観戦が好きなので、いろんなスポーツを見ます。
応援しているチームあれば、好きな選手もいます。
と同時に、結果は出しているけど、どうしても好きになれない選手もいます。
試合を見ながら、「なんで、そこで決めないんだよ、根性なし」とか口走ったりもします。
時にはTwitterでつぶやくこともあります。
でも、好きな選手と、そうでない選手だとしたら、その表現は全く違います。
贔屓目が入るもの普通にあります。
私は聖人君子じゃないし、誰にでも、いつでも、同じように公平に応援なんて出来ません。
だから、それを人にも要求しようとは思いません。
すべての選手を応援しないなら、その努力を認められないのなら、応援する資格がないようなことを言われても困っちゃうし。

同じことを見ても感じ方はそれぞれ違うのに、それを違うことを攻められても困る。

コップに水が半分残っていることをどう表現するかだって、違う。
「コップに水が半分しか残ってない」と聞くのと、
「コップに水が半分も残っている」と聞くのでは印象が違いますよね。

それでいいんじゃないのかな、世の中。
なんで同じにしたがるんだろう?

私のブログを見て、自分とは違う意見だな、と思う方、いらっしゃると思います。
意見をいただくのももちろん構わないです。
でも、同じ立場に立て、という要望をいただいても私は変わらないと思います。

私は仕事でITに携わっています。
だから、ネット活用も多いし、検索も多用して、情報を手に入れています。
検索したりすると、時々、見たくないものにも遭遇します。

口汚い言葉でゆづを罵ったり、バカにしたりしている人がいるのをたくさん見かけるようになりました。
それこそ、ジャッジング、態度、容姿、言葉から、揚げ足取りをしているのを見たこともあります。
そりゃ、ひどすぎるでしょ、という言葉をTwitterでも、ブログでも、もっとディープな世界でもみかけます。
だけど、それに異論を唱える気にはなれません。
どんな言葉を尽くしても、そういう人とは同じ立ち位置に立てないと思うからだし、
私が意見されても、思いを変える気がないのと同じで相手も、
どんな言葉を尽くしても変わらないと思えるからです。
それって、時間の無駄でしょう?

そして、どんなにひどい言葉を見ても、自分の気持ちは1ミリも動かない。
自分が見て、聞いて、感じたことが判断の基準だから。
人ってそういうものじゃないのかな?

フィギュアに限らず、結果を出したり、目立ったいる人には必ずアンチもつく。
それは有名税みたいなもので、避けれない。
誰もが好きで好きでしょうがないなんてカリスマのあるアスリートは少ないと思う。
ただあまり人気がありすぎると、その人のことが好きでなくても言いづらいとか、
そういうのは日本人にはありそうだな、と感じるけど。

ゆづと大輔。
同じ表彰台のてっぺんを狙っている選手同士。
切磋琢磨してほしいとは思うけれど、私はゆづに一番、高いところに立ってほしいと、常に思っている。
高橋選手も頑張ってきた選手かもしれないけれど、私がゆづに対するような気持ちでは応援する気にはならないよ。
負けて欲しくないし、きっと本人も負けたくないと思っているはず。
その思いを後押しできる応援がしたいだけだから。

どんな選手もきちんと努力を認めて、応援できないのならフィギュアファン失格というなら、それでもいい。

そんな窮屈な世界なの?
フィギュア?

他のスポーツでそんなこと、言われたことないよ。