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Stay Gold!

羽生結弦くんの応援ブログです。ここで記載されている内容はあくまでも私の個人的な意見であり、正当性を評価したものではありません。どのように受け取るかはそれぞれがご判断ください。

■「絶対王者」を守ることの難しさ その1

今年のカレンダーをめくった時、ちょっとだけ身震いがした。
もう2017年だということを再認識したから。
ああ、もう、あまり時間がない、と。

このシーズンはまだあまり羽生結弦の演技を見ていない。
怪我でアイスショーでは見れず、GPFには行けず、全日本はインフルエンザ欠場。
唯一、生で見たのはNHK杯だけ。
もっと、もっと、その演技を見たいという渇望は埋められないままここに至る。
現地観戦は中毒になる。
私は勝ち負けが決まるという緊張感の中で彼らが見せてくれる世界が好きになった。
だから、可能な限り、現地に足を運んだ。
2012年の全日本選手権を見に行ってから、ずっと。

今シーズンの残りの現地観戦はヘルシンキ
彼はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろう、と妄想することが楽しい。
とくにまだ完成形が見えないフリーがどんな風な形にまとまって行くのだろう、と。
それと同時に、あと、何回、彼を生で見れるだろう、という切なさに心を鷲掴みにされる。
2018年、彼は約束の地でその競技生活をおえるのかはまだわからないけれど、その覚悟は必要なんだな、と思っている。

ソチで彼がメダルを取ったあと、次のオリンピックまでに何が起こるか分からないとインタビューで言っていた。
彼が2012年あたりから、ソチオリンピックまでの期間に恐ろしいスピードでその階段を駆け上がって、トップ選手を捕まえたように、誰もが彼を捉えようと、背中を追いかけている。
彼はきっとあの瞬間から、分かっていたはず。
自分と同じように、自分を追いかけてくるチャレンジャーが出てくることを。


だから彼は王者になってもその歩みを緩めなかった。
いろんな困難にさられながらも、自分を進化させることを常に意識していたように思う。

ソチオリンピックシーズンも彼は決まらないクワドサルコウを跳び続けた。
誰もが、クワドトウ2本にした方がいいと思っただろう。
オーサーもそうアドアイスをしたという記事を読んだことがある。


進化を続ける。
今は跳べなくても多種4回転を跳ぶという決意は、すでに、次のオリンピックを見据えていたのではないか、と私は今は思っている。

2017年、今年のワールドは多種4回転をどれだけ跳べるかが戦いのベースになるだろう。
3種類の4回転ジャンプを手に入れた彼は、それを武器にSP/FSで6本のクワドを跳ぼうとしている。
もちろん他のエレメンツの完成度を高めつつ。

彼はもちろんノーミスを狙ってくるだろう。
もしかしたら、今シーズンは完成しないかもしれない、と漠然と感じていたりもする。
それでも彼はチャレンジを続けるはず。
4S3Tなんて、前半に跳んじゃえばいいのに、そうすれば失敗してもリカバリーできるのに、と思うけれど、彼はそれを選ばないのだろう。


全ては平昌オリンピックで誰にも追いつけない場所にたどり着くため。
彼が選ぶことは全てそれに繋がっている。

 

つづく。

おかえり。

朝から公式練習の映像を追いかけた。
真剣勝負向かう彼のいつものルーティーンと、いつもの顔ぶれ。
そして、私が愛してやまない、軸の細い美しいジャンプ。
彼独特の腕や身体の動かし方。
速くて、軸のぶれないスピン。
軽やかなその滑り。

何もかもが羽生結弦だった。

ボストンで「レクイエム」を見てから半年がたった。
あれを境にしばらくその姿が見れなくなら、もっと、もっと、その瞬間を大事にすればよかったと後悔した。
(もちろん、その瞬間は真剣に見てたつもりだけど)

夏のシーズンには涼しいリンクで会えると思っていた。
怪我の影響で、まったく現れなかった。
どこかで覚悟はしてたけども、やはり、寂しい気持ちだった。
ゆづが引退したら、こんな気持ちでショーを見るのか、を知った気がして。

その存在を感じられない寂しさを、月に帰っちゃったんでしょ?という冗談で笑い飛ばしたけど。

もちろん1日でも長く滑り続けて欲しいし、無理もしてほしくない。
でも私たちと同じくらい、本人もアイスショーを楽しんでいるように見えたから。
そんな楽しそうな姿を見たかった。

我慢の時間を乗り越えて、最初の公開練習で綺麗な4Loの着氷を見て、こんなビハインドで始まる新しいシーズンなのに、過去の自分を乗り越える気持ちでいっぱいなんだな、ということに彼の強さを見た気がして。


とんでもない男に惚れ込んだことを、今年も再確認するのでした。
(ええ、何かあるたびに、思ってることなんだけどね)
さらに、予定構成を見て、愕然とする。

クワド6本を跳ぶ気だなんて。
SPでクワド2本(4Lo 4S3T/3A 多分?)、FSでクワド4本(4Lo 4S 3F/4S3T 4T 3A2T 3A1Lo3S 3Lz)という攻めた構成、のはずなのに公式練習の彼は軽々と、まるでトリプルを跳ぶみたいに軽やかにクワドを成功させていて。

 

彼はフィギュアの神様に愛された人なのかもしれない、なんて壮大な妄想までしてしまう始末。

明日はとうとう初戦。
プログラムの全貌も、衣装も全てが明らかになる。
彼の新しいシーズンのパフォーマンスの結果はどっちに転ぶか私にも分からない。

けれど、もう、何が起きても驚かない。
ただ、それが羽生結弦だと受け止めるのだろう。

そんな彼のパフォーマンスが見たくて渇望してきた私。
もう、楽しみすぎて、今日は眠れない、そんな予感しかしません。


おかえり、ゆづ。
何よりも滑っている君が見たかった。
幸せそうに滑る君の姿が見れることが私の幸せの一部。

 

クワド時代の先駆者 〜羽生 結弦の新しい挑戦〜

それを虫の報せというのでしょうか?
 
4時すぎに目が覚めて、スマホを見ると、TLにゆづの新プログラムの発表があって。
思わず、引用ツイートをしたのが4時20分。
その後、また眠りに落ちて、朝起きると、もう、新プロ祭りが始まっていました。
 
ようやく、待ちに待ったゆづの新プロ情報が。
今まではショーシーズンにどちらかは発表されたし、公開練習もいつもよりは1カ月くらい遅めで待ちくたびれていました。
怪我のこともあったので、準備は遅れているのだろうとは思ったけど。
 
たぶん、アスリートが何カ月も練習から離れることはとても大変なことで。
昔、アスリートの友達が、1日休むと自分で分かる、2日休むと仲間に分かる、3日休むと見てる人に分かる、という言葉を教えてくれたことがありました。
それはちょっと今の時代には合わないのかもしれませんが、それでも、2か月もお休みするのは怖かったんじゃないかな、と思うのです。
今年の構成は体を戻すことを前提に考えていくのだろうか、とそんなこともどこかで思っていました。
 
いつも、斜め上をいく彼のことを忘れていたわけじゃないんだけれど。
さすがに今年は無理はしないんじゃないか?と思っていた自分を殴りたい気分です。
 
彼の口から語られた今年の予定構成に驚愕するしかありませんでした。
SPでクワド2本(4Lo 4S3T/3A 多分?)、FSでクワド4本(4Lo 4S 3F/4S3T 4T 3A2T 3A1Lo3S 3Lz)という攻めた構成。
一体、平昌でメダルを狙うには何本のクワドが必要になるの?と考えると恐ろしくて。
 
でも、ボーヤンやネイサン、そしてしょーまの成長のスピードを見ると、彼らが追いついてこない場所に行くためには、取らなければならない選択なんだないうことは納得できます。
 
きっと、彼は思っているのでしょうね。
オリンピックシーズンに自分のように追いかけてくる誰かがいるだろうと。
自分は常にその上にいたいとのだと。
それはもう一つのメダルを手に入れるための手段。
 
羽生結弦がシニアにデビューした年、彼がプログラムで跳んだクワドは1本でした。
まさに、あのバンクーバーオリンピックの年。
あれからソチオリンピックを経て、時代は複数種類クワドの世界に突入。
それを引っ張ってきたのは間違いなく「羽生結弦」、その人。
今年は3種、6本のクワドを跳ぶことを選んだようです。
 
様々な逆境を乗り越え、乗り越えるたびに新しい輝きを放ち、自分自身を何度も超えるのを見てきました。
彼の演技の美しさとともに、その意志の強さは多くの人を惹きつけて離しません。
私も間違いなくその一人。
 
絶対王者」と呼ばれる彼は、その歩みを止めることなく、常に新しいクワド時代の先頭を走ろうとしています。
挑戦を続け、自分を越えようとしているその姿に何度も驚いて、感心して、そして、心を奪われます。
 
今年のコンディションで彼の挑戦が身を結ぶかどうかはもちろん分からないけれど。
ただ、もう、私にできることはそれを見守ることだけ。
 
挑戦的なSPの「Let’s Go Crazy」、厳かな雰囲気のFS、久石譲作曲の音楽を編集した「Hope & Legacy」。
この2曲をベースにした新しい羽生結弦の世界の全貌が見れるまで、あと、半月ほど。
 
今年もまた、このジェットコースターに乗ったようなシーズンが始まろうとしています。
大丈夫、もう、覚悟は出来てるから。
 
平昌オリンピックまで、約500日。
走り続ける彼を応援し続けます。

ファントムの気高さ 〜生きるのに必要な品格〜

残念なつぶやきを見て、こうして記事を書く。
 
あまりにも、あまりにも、その光景は歪(いびつ)すぎて。
あの気高いファントムに対する敬意の欠片さえないことに絶望を感じながら。
 
人はそこまで欲望に忠実に生きるものなのか。
恥という感覚をどこで捨ててきたのか。
彼が大事にする世界を守る気は微塵もないのか。
 
そんな憎悪にも似た気持ちが私の中にも渦巻く。
 
私がブログを書かなくなった一つの理由はそういう歪なファンが多く目につくようになって、
楽しいことよりも、感動的だったそのシーンよりも、怒りに任せてそういう人への苦言を書きたい気分にさせられるからだった。
 
私が見つけた美しい世界は、自分を「ファン」だと名乗る自己顕示欲の強い、我儘な人々に汚されていく。
それはもう自分の欲望を満たすだけの行為でしかなく、そこにリスペクトはない。
選手として彼が何を成し遂げたいかを知っていればできないことを平気で繰り返す。
 
あまりにもそれは残忍な光景で。
 
彼を敵視する「アンチ」よりも悪意を前面にしないだけ扱いづらくて、タチが悪い。
それはもう個人の力で排除できるものではなく、集団化することでさらに酷さを増す。
 
そんなにもこの美しく気高いアスリートを侮蔑したいのか?
ストイックに目標に向かうために身を削って戦うアスリートを理解する気はないのか?
こんな状況でもファンを大事にしようとするその善意は理解されないのか?
誰か、この世をそんな絶望的な世界にしたのか?
 
立ち止まって考えて欲しい。
貴方にとって彼の存在はそんな風に軽んじられる存在なのか?
残りの人生をかけて磨き続けたって、彼以上に輝くことなんてできない石ころじゃないのか?
 
もちろん、私もそんな石ころの一人でしかない。
でも、ファントムが持っていた気高さを守りたいと思う。
自分にできることがあるなら躊躇わず、それを口にする。
 
私が現地で見た彼のその瞬間がどれほど壮絶だったかはリンク先で私が書いた記事を見れば一端が分かるだろう。
多くの映像も流れたのだから、そこから感じ取ることもできるだろう。
 
変わらないとどこかで分かっていながら、そういう人々が生きていくために必要な品格を取り戻してくれることを切に願う。
 


【参考記事】 


 

 

 

 

 

■DOI 長岡初日 ~ただの感想~

去年はとにかく「SEIMEI」が衝撃過ぎたDOI。
私にとってこのショーは新しいシーズンにブレイクしそうだな、という選手を発見する場所。ここ数年おおむね外れてない。
なんとなく出てるオーラとか、雰囲気でこれは・・・と感じるモノがあるみたい。

実は今日は神席でした。
今のところ、やっぱり、金曜日にいい席が来ることが多いな。

全部は網羅しない私の印象に残ったところだけ感想、行きますw。


こーしろーくん。
なんか、背が伸びた。
でもロミジュリはやっぱり、ゆづのイメージ。
脳内再生されるので、いまいち入り込めず。
ちょっとスピンが雑な感じがするけども、まだまだしっくりきてないのかな、という感じで、これからに期待!

ゆは菜ちゃん
彼女の後ろにあっこちゃんが見える。
彼女の振り付けって、ちゃんと分かる。
それが振付はじめてわずかなのに見えてくるってすごいことかな、と。
そのせいなのか、身体の使い方がとっても丁寧で好感が持てます。
プログラム自体はまだこれからかな。

友野くん
いやー、男気!
後半に3Aだよ。攻めるよ。かっこいいわ~。
謎編曲だったけど。
これはかっこいいプロになる予感がする。

新葉ちゃん。
ああ、今年はこの子、ブレイクするわ、とマジで思った。
ジャンプの切れが半端なくて、気持ちがいい。
しかも苦手に見えた柔らかい動きとか、しなやかさとかを出せるようになってて。
早くSPもFSも見たいわ、という気持ちにさせられました。
ただね、この曲は、どうしても私はまっちーだわ。
まっちーが見たくなる。

そーた。
お帰り、そーた。
もう、滑っているのを見るだけで、イーグルしてるだけで泣きたくなるよ。
とっても雰囲気が大人びていてびっくりした。
まだジャンプは本調子じゃないんだろうけれど、プログラムはきゅっと胸が締め付けられるような切なさを感じた。
そーたから、そんな空気を感じたのははじめてかも。
まだジャンプの調子を見てみないと今シーズンがどうなるかは判断できないけども、戻ってきてほしいなぁ。今年中に。
ゆづと一緒にオリンピックに行く夢を持ち続けてほしい。

無良くん。
文句なしにかっこいいプロ。
ステップやばい。これ完成したら、私、わしづかみにされる、絶対。
しかも今日は目の前で特大の3Aを拝めるポジションだったので、改めてそのジャンプの凄さを実感。
あんなに高く3Aを跳ぶ選手、ほとんどいないと思うよ。
きっと、4Aも跳べる!期待している。
衣装もかっこよかったわ~。
今年、ワールド行きを競う一人になる、絶対。

理華ちゃん。
カルミナ、合ってる。
去年から理華ちゃんが凄いなと思うのは手足の長さを生かして大きく見える曲や振付になっていること。
結局、プログラムがよりよく見えるって、その人の個性に合っているからだと思うの。
そういう意味ではこのプログラムも「キダム」と同じくらい気になるプロでした。
どうやってまとまっていくのか、とっても楽しみ。

メドベちゃん。
今日、全部もってったのは彼女。
私は彼女の魅力に一気にやられました。
正直、試合で見るとどーもあのタノ連発が好きになれなくって、ちょっと敬遠気味だったんだけど、むちゃむちゃ可愛くて、ああ、可愛いは正義とか思っちゃった。
だって、セーラムーンだよ。
オープニングでその髪型で出てきたとき、あら、真似してる~、と思ったそれが伏線だったとは。
衣装もものすごく手が込んでたし、フィニッシュ可愛らしすぎて、死んだ。
しかもフィナーレでそーたとメドベちゃんが手をつないで突っ込んでくるショートサイドにいた私は至近距離であの可愛らしさに、もう、メロメロでした。
ぜひ、あのプロをエキシでやってほしいものです。
(ちなみに、ジャンプも結構、ガチでした)

最後は知子ちゃん。
実は、プログラムの詳細を覚えてない。
出だしから、あまりにも手の動きがきれいすぎて、スケーターなのに手ばっかり見てたよ、今日。
もともと安定感のある彼女にああいう表現力が加わってくる、と思うと楽しみすぎてしょうがない。
あまりにも手に注目しすぎてたので、明日はじっくりプログラム見るよ。
ということで、判断保留。

ゆづのいない寂しさはあるけど、今シーズンもみんなが私を楽しませてくれる予感しかしなかった。
たいてい初日はどーっと雰囲気にのまれるので、じっくり鑑賞するのは明日からです

今日はこれから圭くんのテニス見ます!
まだまだ夜はこれから。

 

【雑感】君がいた場所 いない場所

FaOI神戸を見に行った。
とてもいい席だったし、皆さんのパフォーマンスも素晴らしかった。

両日とも、あっこちゃんの黒鳥に鳥肌が立ち、ランビ様の福間さんとのコラボに身体があまりにも自然にも立ち上がった。
スタオベ以外に受けた感動を示す方法を欲しいと思ったくらい。
織田くんのストームは現役を彷彿させるものだったし、フィナーレにクワドに挑戦してたし、すごいなぁ、と素直に思った。

幕張、札幌、そして、神戸。
どれもそれぞれ違って、新鮮さや、驚きもあったし、楽しかったし、ワクワクした。

でも、今日の最後の神戸はちょっと違っていた。

このショーのクオリティが高くなってるな、と思えば思うほど、
去年ここにいたゆづが、今年、ここにいないことが寂しくて寂しくて。
みんなのこんな素敵なパフォーマンスを見たら、俺も!とより凄いものを見せようとしてくれるんじゃないだろうか、と妄想まで飛びだす始末。
ひと通り妄想したあと、ああ、その瞬間は今は来ないんだということが切なくて。


ショーに出ない決断をしたことは、現役選手としてはごくあたりまえだし、それができてよかったと思っている。
もちろんその覚悟を持ってチケットも買ってるし、ゆづがいないから楽しめない、ということはない。
けれど、それと君の演技を渇望していることは別の次元の話。

あんな元気のない声を聞いたから、余計に切なくなったのかもしれないけど。

ショーを見終わった後、満足感よりも喪失感が襲ってくる自分に驚いていた。
ああ、私には、君のいない場所をつぶさに見続けることは苦しいことなんだ、ということに気付いてた。
いいものを見るたびに、こんな喪失感を味わうのか、という現実にプチ絶望感。


きっと、そうやって私はここを卒業していくのだろうとなんとなく受け入れることが出来た。
君のいない場所は華やかであればある程、苦しいのかもしれない。
ちょっとだけ早く、君がいるはずの場所に、君がいないことを体験して、なんとなく自分の未来が見えた気がして。


君がリンクを去る時、私もリンクサイドからお茶の間に戻るのだと思う。
少なくとも自分の熱量を維持することが難しいこと感じた遠征だった。


だから、あと少しの間。

君が発する圧倒的な熱量を感じていたい。
君の熱量が私のそれを無条件に上げるから。


足の怪我が癒えて君がそれを見せてくれることを待ちわびている。
ただ、待ちわびている。
残りの時間を感じながら。

【雑感】キミを待ちわびる日々

久々になんの予定もない週末。
ちょこちょこ部屋を片付けたり、うちでやるべきことを片付けたりしてて。
でも、まだ、ボストンのレシートはまだ、処理されずに束のまま。
あれから、もう、約2ヶ月が経とうとしているのに。

2015年-2016年、間の悪い私は何度も観戦に行きながら「SEIMEI」が完璧に演じられた瞬間に立ち会うことはできなくて。
壮絶を極めたチケット争奪戦と、スケジュールとの兼ね合いなので、仕方のないことなのですが。
だから、ボストンでは、SEIMEIをバラ1よりも楽しみにしていた。
笑顔で演技を終えるその姿を楽しみにしてた。

結果は、皆さんがよく、知っている通り。
私の思いはかなわなかったんだよね。

世界選手権の頂点に手が届かなかったことはもちろん残念だったし、完成されたSEIMEIを目の前で見ることができなかったのは残念だったけれど、シーズンにはこういうこともあるとことに慣れてきたのかもしれません。
大きな失望はありません。
今年もシーズンが無事に終わってよかった、とそう思っている自分がいます。

彼を応援するようになってから、平穏だったシーズンなんて、一つもありませんでした。
これでもか、これでもか、というくらい困難が襲ってきて。
環境の変化、怪我、事故、病気。

浮き沈みしながらではあるけれど、彼は結果を残し続けてます。
まだ、とらなきゃいけないタイトルがある、ということも彼のモチベーションになるのだと思うから、取り続けられないタイトルがあってちょうどいいくらいじゃない?と思ってたりもして。

ワールドが終わって、またもや怪我のニュース。
程度はその時にはよくわからなかったけど、FaOIの全欠場のニュースはあまりいい状態でないことを物語っているようです。
今はゆっくり治して、新しいシーズンに向かって欲しいと思ってるので、ショーで会えないのは残念だけど、じっくり待とうと思っています。

2018年の平昌オリンピックまで、もう、2年を切りました。
どんなに多くプログラムを見れても、もう、4本です。
ショートの持ち越しなんかを考えてたら、3本かもしれません。

最初にゆづが平昌オリンピックまで、と区切ったときは寂しい気持ちでいっぱいでしたけど、多分、今の彼の身体の状態や、取り巻く環境を考えたら、それが限界なのかな、と正直、思っています。
だからこそ、彼が決めたその目標にたどりつけるように、すべてをコントロールしたらいいと思うのです。

真面目だし、周りに気を使う人だし、きっと、ショーの雰囲気が好きなタイプだと思うから、ショーに出れないことは本人に取っても苦しいことかもしれないけれど。

ずっとずっと走り続けることができないことを本人も実感してるかもしれません。
最後はずっと意志の力でなんとか、ねじ伏せられる、って思っているところもあるんじゃないかな、と感じてたから、それではどうにもならないものを感じてくれたら、見てる方も、少しは安心できるのに。
(いや、そういうタイプでないと、分かってて言ってます)

どうせシーズンに入ったらまた超高速のジェットコースターに乗せられてしまうのだから。
君を待ちわびる時間はとても長く感じるけれど、静かに待とうと思う。

進化した姿でまた私たちを驚かせてくれるまで、あと数ヶ月。
きっとあっという間です。



(最近は、他のことも忙しいしねw)

【雑感】君が手に入れたものと、失したもの。 その2

彼の数々の勝利の大きな代償は、「自由」そのものな気がしている。

それは時間の自由もあるだろうし、好きなことをお話する自由だったり、
心の自由だったり、自分の思ったときに、思ったことを普通にできる自由が
彼からどんどん奪われていくな、、と思うのです。

ファンや一般の方のたくさんの目とわがままな思いなどが、彼があたりまえに生活する邪魔をするという構図になっています。
まだ、トロントを拠点にしているだけましなのかもしれないけれど、
ショーに出てるとき、試合に出てるときは様々な方法で追いかけ回される。
それがプライベートな時間であるにもかかわらず。

友達と外を出歩くなんてままならないだろうな、と想像はつく。


試合前という特殊な状況でもそれを判断できないファンに囲まれる。
海外観戦では特に旅の恥はかきすてという人も見かけることも増えた。
母数が増えたのだから、仕方ない、と思うけれど、ね、あまりにそれはどうなのだろうと思う行動が散見されます。
ルールを守らない人、応援している選手の心情や状況に思いを馳せることができない人がいます。

なぜ、そういうことができるのだろう、ね。

私たちが応援したいと渇望している選手はそういうことを嫌がる人じゃないのかな、と思うのに。
そんな風に自分の欲望を満たすために行動するファンと呼ばれる人たちですら、彼の「自由」を狭めています。



この「自由」を制限されることって人間として一番、苦しく、つらいことじゃないのかな、と私は思っています。
自分がそれを失うことを想像すれば、たぶん、ちょっとは想像つくはず。
とても窮屈な生活にも思える。

彼がアイドルだったり、プロアスリートとして、見られることを選択しているのなら、仕方のないこと。
でも彼は大学生で、アマチュアアスリートでしかないのにそれを求められている。

それでいいの?心配した時期もあったけども、彼はそういうものも含めて覚悟して、
今の場所に立ってるじゃないかな?と感じます。

スーパースターになったらどうなるか、きっとわかっていたと思う。
被災者代表のように扱われることで何が起こるか、想像できていたと思う。
いろんなことに見られることも織り込み済みで行動してるし、どこかで自分の言葉がどうやって受け取られるかを計算してるところもあるし、反応を見て、次の言葉を選んでいるところもあるかな、と見受けられます。

それは彼の強さであり、優しさじゃないかな。
自分を後押ししてくれる人たちを大事にしたいという気持ちなのかもしれない。

そこまで気を遣わせたくなんかないよね、本当は。

しばらくブログを書けなかった理由の一つには書き始めたら、上記のようなことを一つ一つ糾弾してしまいそうになるから、というのもありました。
納得の行かない行動に対して意見を言うことで不毛な争いになることを避けたいという気持ちもあったように思います。
ファンどうしでぶつかりたくないもの、基本的には。

私にとっては、テレビや週刊誌、雑誌などで酷く扱われることよりも、
「ファン」だと明言する人の、彼に対するあり得ない態度の方が納得しにくいし、
感情的に受け入れがいことなんだな、と感じるシーズンになりました。

彼がスケートリンク降りるまで私はそんな自分と葛藤しながら応援し続けます。
納得のいかないことには疑問を投げかけながら。
ほんの少しでも彼から何かを奪うことのないように。
キラキラと輝く時間をちょっとだけ共有させてもらうために。

「ファン」ってなんだろうね?
「応援」ってなんだろうね?

を考え続けながら。

【雑感】君が手に入れたものと、失したもの。 その1

(ちょっと重めの内容かも・・・。)

しばらくブログが書けなかった。
理由はたくさんある。

NHK杯、GPFと立て続けにものすごい演技を見せられて言葉を見つけられなかったという側面。
あまりにも仕事が忙しくて心にも体にも余裕がなかったということ。
文章を書く、ってそれなりにパワーがいるし、何か自分の中から感情がわき上がるにはそれなりの心の余裕がいるらしい、ということに気づく。

そもそもこのブログを最初に書き始めようと思ったときのことを思い出す。
他でもない、2012年の真駒内で競技観戦デビューした私。
予定でショートしか、現地で見れなかった。
テレビでフリーを見て、表彰式を見て、あまりにもその雰囲気に心が寒くなった。

初優勝した全日本。
冷え切った会場の空気。
勝った試合なのにすっきりとしない顔をしていた彼。


私は君を心から応援してるんだよ、と大きな声で叫びたかった。
いろんな人がいるけれども、君の活躍を見たいと思っている人もいるんだよ、と伝えたかった。
そんな風に思った私は応援ブログを書き始めた。
可能な限り現地観戦に行って応援するぞ、と心に決めた。

どんなに会場に君に期待していない人で埋め尽くされたとしても、私はずっと変わらず応援しようという強い意志だった。
海外観戦にまで行くことになろうとはその時は思いもしなかったけど。



あれから丸3年。
私にとっての4度目の全日本観戦。
状況は明らかに変わった。

2015年の真駒内はそれを私に実感させる大会だったのかもしれない。
試合のチケットを手に入れるのが困難を極めるほど、彼を応援する人たちがたくさん増えた。
会場を埋め尽くす、彼の演技を一目見たいと集まった人たち。
会場を埋め尽くすさまざまな思いの詰まったバナー。


羽生結弦は文字通りスーパースターになっていた。
ノーミスで世界記録を2度も更新し、その記録は300点を軽々と超え、彼に対応したルール変更が必要だとまで言わしめた。
いつかはやるだろうと思っていたけれど、こんなに完璧な形でを想像した人はファンでもいなかったような気がする。


彼のファンになって、初めて観戦に足繁く通うようになったとき、
普通の人に「フィギュアを見に行く」というと、たいていは「真央ちゃんを見に行くの?高橋くんを見に行くの?」と聞かれた。
私がオリンピックで彼がメダルを取るだろう、と言っても誰もピンときてなかった。

ソチでのメダル獲得が、去年の中国杯での事件からの活躍、
そして、今年の躍進が、どんどん彼の名前を世の中に知らしめた。

彼は平昌でもうひとつの金メダルを確実に手に入れるため自分の限界を超えようとさらに努力をしている。
スケートに真摯に向き合うアスリートだ。

その自分を進化させることへの貪欲さは驚くほど。
主要なタイトルを総なめにし、記録を塗り替えてなお、前に進む推進力。
「僕も人間です」と本人は言ってたけどね。
同じ人間です、というのがおこがましい、くらいです・・・。

 

もちろん、私たちに見えない弱い面もあるのだろうけれど、結果にこだわり、結果を出し続ける、したたかな強さが眩しすぎて、まるで、子供みたいな年齢の彼に憧れてやまない。
パフォーマンスももちろんだけれど、そういった人となりに惹かれて応援し続けている。

時間を経て、たくさんのものを手に入れた彼。
でも、得たもの同じくらい失ったものがあるのではという切なさも感じている。


「ブレイクするということはバカに見つかること(by 有吉さん)」という言葉を体現しているのではないか、と感じることも多くなった。

 

つづく

【NHK杯】マジカルモーメントがそこにあった 究極のバラード1番(SP)-2

バラード1番を初めてみたとき、また、ずいぶん、難しいのに挑戦するのね、と感じたことを今も覚えている。
ステップでピアノの音を取り切れてないのを見て、大丈夫かしら?と思ったのが2014年のDOIでの出来事だった。
GPFで構成は落とされたものの、このプログラムは一つの完成の形に近づいたんだな、と思っていた。

だけど、それはもしかしたら間違いだったかもしれないと思い直したのは、神戸で福間さんとのコラボを見たときだった。
この日に見たバラード1番のステップはそこまで見たどれよりも躍動的で、生き生きしていて、音楽とともに存在していた。
ライブの生ピアノとのコラボだったからという側面はあるのだと思うけれど、これはまだ進化できるプログラムなのかもしれないという予感があった。
あの苦しいシーズンのイメージで終わるにはもったいないプログラムだ、と。

だから、バラード1番が持ち越しだと聞いたとき、私はちょっと嬉しかった。
もしかしたらああいう色合いのバーラド1番が見られるかもしれないと期待していた。

スケートカナダで見たときは、そんなことを感じていたことを忘れるくらいの衝撃的な結果で、思い出しもしなかった。

NHK杯は彼にとってホームでの試合。
もちろんやりやすさもあるだろうけれど、それとともにプレッシャーもすごいのではないかな。
自分のファンがどっと押し寄せ、その瞬間を固唾を飲んで見守っている瞬間なんて。
自分だったら、武者震いどころではない。

ボーヤンの95点という点数を聞いても、私は今日のゆづが負ける気は全くしなかった。
今日はきっとあのソチオリンピックの点数を抜くつもりで攻めてくるに違いないと思っていたから。

静かに始まるバラード1番。
もう最初からどきどきしていた。
自分でも無意識なんだけれども、ゆづの演技を見るときはつい祈るように手を合わせている自分がいる。
上手くいってほしい、満足の行くできになってほしい、そう願っている。

4Sでこらえた時、どきっとしたけれど、何もなかったかのようにイーグルに繋げてみせる。
4Sがショートで入れられるほど、安定したことが嬉しかった。
ノートルダムに入れたときから、ソチシーズンまで何度も何度も外せと言われたエレメンツ。
4Tを2本跳んだ方がいいと言われ続け、首を縦に振らなかった彼。
そうやってこだわり続けたからここで決めることができる。
ショートにクワド2本を入れる構成を選択できた。

彼の選択はその時点では正しそうに見えなくても、ちゃんと未来につながっていることを実感できる。

羽生結弦はジャンプだけなんて言う人もいる。
私はあの美しいスピンを見て、どうしてそんなことを言えるのだろうといつも不思議に思っている。
軸のぶれない、速い回転の、そしてバリエーションにとんだ音楽を奏でるようなスピン。
その質感は現地で見るとさらに増す。
いつまでも見ていたいそのスピン。

そして、一番、心配だった4T-3T。
あまりにもあっさり決めてしまったので、それが羽生結弦が試合で初めて決めたコンビネーションだと言うことに気づくのに少し時間がかかった。



これでもう、ジャンプは大丈夫。
最後は鉄壁の3A。
それもむちゃくちゃジャンプの入りに凝ったもの。

もう、笑うしかない。

バラード1番はただ進化したというレベルでなくて、新しい色を重ねて別のものに仕上がっていた。

ステップの最後の方では会場が、いまか、いまかとその終わりのタイミングを待っているように見えた。
今日のプログラムで彼は自分自身の記録を更新するだろう、ということは簡単に想像できた。

フィニッシュの顔が怖すぎたのはご愛敬。
ボーヤンの記録を塗り替えてやる、というエネルギーがそうさせたのかな?

やっと、この美しいプログラムをノーミスで見られた。
想像していた完成形よりも遙かに高度な形で。

彼自身の記録を抜いた「106.33」という点数に驚くことはなかった。
最初の4Sがさらに美しく飛べたらもう少し、あがるのね、と冷静に感じてた。

もしかしたら、シーズン最後までに、4T-3Tは後半になるかもしれないね。
そうやって進化し続けることで、一番前を走って、走り抜けたいんだろうね。

 

進化し続けるスケーター。
ほんと、凄すぎる。


生きてるうちになんどこんな瞬間に出会うのでしょうね。

彼が現役のうちにまだそういったシーンをいくつも見せてくれる気がする。
だから、彼のファンでいることをやめられない。